靴べら 本水牛角 リアルロングシューホーン Shoehoen 現物写真 50-60/B N074 靴べら
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    【商品名】
     靴べら 本水牛角 リアルロングシューホーン Shoehoen 現物写真 50-60/B N074

    【商品説明】
     ・260年以上の伝統を受け継ぐ熟練の職人が丹精込めて手造りで一本一本仕上げるので色、柄、はもとより幅、長さ、カーブ形状も職人により異なりますので全てがオリジナル商品といえる希少価値のある逸品です。
    ・表地: レザー
    ・パソコン環境(モニター)によって色が異なって見える場合がございますのでお気になられる方は予め質問欄でお尋ね下さいませ
    ・商品画像は、明るさや光の反射で実物と色合いが変わって見えることや
    ・メイン素材: レザー

    【サイズ】
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     重量 :
     ※梱包時のサイズとなります。商品自体のサイズではございませんのでご注意ください。

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    平成29年度の完成をめざして建設が進む厚幌(あっぽろ)ダム。その工事に伴い、平成14年から約15年間に及ぶ大規模な遺跡発掘調査が行われています。「今回の調査により、これまで“空白の時代”と呼ばれていた北海道の歴史が明らかになりつつあります」と、その成果を語るのは学芸員・乾哲也(いぬい・てつや)さん。こうした貴重な遺跡を保存・展示する旧軽舞小学校の遺跡調査整理事務所にお邪魔しました。

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    – 厚真町では近年多くの遺跡が発見されていると聞きますが、大昔からここには人が住んでいたということでしょうか。

    乾:現在(2016年12月)、厚真町には138の遺跡があります。これは胆振日高管内で苫小牧、新ひだか町に次いで3番目の多さです。遺跡が多いということは、昔から人がたくさんいたということが想定できます。最も古い遺跡は1万4500年前、旧石器時代のキャンプ跡です。少なくともこのときにはすでに人が暮らしていたことが分かっています。

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    乾:はい。光を当てると表面がキラキラと輝く縄文土器が、厚幌ダムの遺跡発掘調査で多数出土しました。キラキラの正体は石英(せきえい)と呼ばれる鉱物です。実は大粒の石英結晶は近隣の苫小牧や千歳の土壌からは出てきません。化学分析の結果、富良野盆地の火山灰を含む土であることが分かりました。どうやら富良野周辺で作られた土器が空知川をさかのぼってトマムや金山峠辺りを抜け、厚真へ運ばれてきたようなのです。

    これまで縄文時代は海伝いに人が移動し、川を上って移動したと考えられてきました。けれども北海道の内陸部を移動する「山越えルート」がおよそ6000年前には存在していたことが、こうしたキラキラ土器の発見によって立証されたわけです。
    これらを考えあわせると、厚真川は南の函館方面から入ってくる物と、北から入ってくる物、それを結ぶ重要なルートだったと想像できます。ちなみに厚真川上流域にはメルクンナイと呼ばれる支流があります。また穂別側にはオビラルカという地名があります。これらに共通する言葉「ル」は、アイヌ語で「道」を意味しています。つまり、アイヌの人たちもここを峠道として使っていたと考えることができます。

    実際に地形図を見ても、アイヌ語でこうした地名がつく場所は周りよりも高度が低いんですね。実は日高山脈を越えて十勝へ抜ける現在の高速道路や鉄道、電線網もこの様な地形地理的環境で、アイヌ語地名もセットのルートを通っているんですよ。

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    乾:はい。これまではそのように言われていました。ところが最近では、寒かったから米ができなかったというよりも、食資源が豊富なために米を作る必要がなかったという考え方が主流になっています。

    たとえば農業を行うとなれば雑草取りや種の採取など、さまざまな作業が発生します。けれどもシカを一頭狩猟すれば家族4人でしばらく暮らすことができたでしょう。特に厚真周辺はシカが多く、豊かな環境だったと考えられます。その証拠にここからはシカ塚が見つかっています。

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    北海道は縄文時代から続縄文時代と呼ばれる時代を経て、擦文(さつもん)時代に入ります。縄目で模様をつける縄文土器ではなく、表面を木ベラでこすって仕上げる擦文土器を使う人びとの時代です。

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    北海道は従来「摩擦式発火法」といって摩擦熱によって火を起こす方法がとられていました。それがどうもこの頃、火打ち石とともに「火花式発火法」が伝わったと考えられます。物は人の手を介して運ぶことができますが、技術は直接人が移動しなければ伝わりません。つまりこの頃には既に、ダムができるような山あいにまで南から人が入ってきていたということなんですね。

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    これまで北海道で見つかるはずがないと思われていた常滑焼の壺がなぜ厚真で見つかったのか? おそらくこれは奥州藤原氏が隆盛をきわめた時代に平泉から持ち込まれた壺だと考えられます。

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    ちなみに海岸部を通行すると、勇払から厚真にかけて夕張岳(標高1,668m)をはっきりと望むことができます。地形ソフト「カシミール3D」によれば青森県下北半島尻屋崎からも夕張岳が見えることになります。地図のなかった時代、本州の人びとは太平洋に浮かぶ夕張岳をめがけて太平洋を渡ってきたのではないかと想像しているんです。

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    – 厚真は本州の人びとにとって北海道の重要な玄関口の一つだったと考えられるわけですね。擦文時代からアイヌ文化期についての遺跡も発掘されているのでしょうか。

    乾:今回の発掘調査で最大の発見といえるのが、およそ700年前のアイヌ文化のお墓です。ご存じの通りアイヌ民族は文字を持ちません。口承文化、口で伝える文化です。そしてもう一つ、アイヌ文化がそれまでの時代と大きく異なるのが生活器具として鉄を使うようになったことです。

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    乾:非常に珍しいものとしては、1150年頃に京都で作られた和鏡があります。菊やすすきの模様が施された「秋草双鳥鏡(あきくさそうちょうきょう)」と呼ばれる鏡で、北海道で見つかっている和鏡としては最も古いものです。

    これは二十歳前後と思われる女性のお墓から見つかりました。同じお墓からは大陸で作られたと思われるコイル状装飾品も見つかりました。南の和鏡と北の装飾品がそろって女性の胸元から見つかったのです。これはアイヌ民族の伝統的な宝物「タマサイ(首飾り)」のルーツであると考えられます。装着状態で発見されたというのはこれまで例がありません。

    ほかにも、日本刀や漆塗りの鞘に入った刀、漆塗りのお盆、縫い針、古銭、絹織物といった高価な和産物、サハリン経由でもたらされたと思われるガラス玉や鉄製の腕輪が副葬されていました。別のお墓からも、和鏡に穴を開けて刀の鍔(つば)に作り替えたものなども見つかりました。鍔は魔除けの意味を持つと言い伝えられています。

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    – 今日はたいへん貴重な歴史資料の数々を拝見させていただきありがとうございました。厚幌ダムの遺跡発掘調査が北海道の歴史を知る上でも非常に重要であることがよく分かりました。そもそも、今回の調査はどういった経緯で行われたものでしょうか。

    乾:厚幌ダムは、農業用水の確保や治水(洪水調整)などを目的として厚真川上流域に建設されることになりました。これによりダムの底に沈んでしまう地域の遺跡は半永久的に見られなくなってしまう。そうなる前に発掘調査で記録し、先人たちの歴史を伝える必要があります。そこで埋蔵物の遺跡発掘調査が平成14年にスタートしたわけです。私自身も平成14年に厚真町に赴任し、3年間嘱託職員として勤務したあと、平成17年に厚真町教育委員会に正式採用されました。

    今日皆さんにお越しいただいたこの建物は、元は軽舞小学校という学校の校舎でして、平成22年3月に統廃合のために空き施設となりました。ちょうどその頃、遺跡発掘調査がピークに差し掛かって出土品の室内整理作業の場所が必要となっていたこともあり、平成24年より整理事務所として活用させてもらっています。正式には、厚真町軽舞遺跡調査整理事務所という施設名称です。

    現在も埋蔵品の調査・整理の傍ら、こうして皆さんにご覧いただけるよう一部を公開展示しています。また、厚真の歴史を総合的に伝えるために、埋蔵文化財だけではなく、開拓期以降の農機具や生活用具といった歴史民俗資料も展示しています。厚幌ダムの発掘事業終了後は、郷土資料館として施設を継続して活用することを検討しています。

    – 縄文土器や石器など多くの展示物に直接ふれられることにとても驚きました。縄文土器を手に持ったのは生まれて初めてです。ですが、お客さんが誤って壊してしまわないか、心配ですよね?

    乾:ハハハ(笑)。たしかにリスクはあります。けれども私は「感じてもらうこと」がすごく大事だと考えています。見るだけでは、重さや手ざわりまで感じ取ることはできません。土器を持つ。そのことから来る感動を味わってほしいと思っています。

    私自身、考古学に興味を抱いたのは「ふれたこと」がきっかけでした。小学校6年生のときに歴史の授業が始まり、最初に習ったのが縄文土器でした。当時私は苫小牧に住んでいましたが、たまたま近くの山で昔の遺物が拾える場所があり、放課後によく拾いに行きました。拾った物を学校に持っていくと、先生がそれについて教えてくれました。そのうちにどんどん興味が深まって質問もだんだん難しくなっていきましたので、先生から博物館に行くことを勧められ、地元の博物館に通うようになりました。そこで学芸員の方々にいろいろと教えてもらううちに、すっかり考古学に魅了されていったんです。

    – ふれるという体験が、乾さんにとって非常に鮮烈だったわけですね。

    乾:何千年も前に生きた人が作った物にふれる。そのことだけでも十分に驚きでしたが、手で持つということはよく眺められるということですね。土器や石器を観察すると、物の中に隠された苦労や工夫のあとなど、いろいろなことに気づきます。昔の人の知恵や思考に時間の壁を越えてふれることができるんです。遺跡を掘るだけではなく、なぜこうなのかと考えることで当時の人に近づける。観察して考察する、そこから人びとのくらしを想像し、息づかいを感じるというのは考古学の楽しみでもあります。

    そしてまた、歴史を学ぶことで私自身も常に新しい発見が得られます。温故知新という言葉がありますが、まさに古いものを知ることで新しいことに出合えます。アイヌ文化にふれることでカムイノミ(儀式)に代表されるような感謝の心を学んだり、アイヌのお墓を研究することで異質な物を取り込んで自分たちなりに作り替える知恵と柔軟かつ合理的な独自性を学ぶ。過去に生きた人びとを知ることで、これからの私たちの時代に活用することができると思うんです。それを伝えていくことが、私の仕事であり、この場が果たす役割だと考えています。

    現代のように情報にあふれた社会では、つい私たちは同時代的なモノやコト、つまり自分のヨコにある情報に目が行きがちです。けれども乾さんの言葉やさまざまな埋蔵文化財は、タテを知ることの大切さを私たちに教えてくれます。厚真の歴史にふれる旅に出かけてみてはいかがでしょうか。

     

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    文=長谷川圭介(KITE)

    写真=吉川麻子

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